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い〜とmoトークVol.01 片山恵理/薫風株式会社×藤井芳広

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  • 藤井
  • 片山

い〜とmoトーク、はじまります

藤井

では皆さん、本日はご参加いただきありがとうございます。今日は「い〜とmoトーク」というトークシリーズの第1回目になります。地域通貨い〜とmoは、2年半前、2024年の4月から始めました。糸島市がメインですが、福岡市でもやっています。今、加盟店が56店舗ありますが、その56店舗の皆さんがどんな思いでやっているのか、どんなことをしているのか、そんな話を聞いていく回をこれから続けていこうとしていまして、その記念すべき第1回ということで、今日は恵理さんに来ていただきました。恵理さんとは、いろんなことを一緒にさせていただいているんですが、初めて聞かれる方もいると思うので、

どんなお店なのか、紹介してもらってもいいですか。

ベチバーという植物

片山

簡単に言うと、ベチバーという植物がありまして、2500年前にお釈迦様が経典に残している部分があるんです。そこに記載されているのが「渇愛の章」で、それに出てくるのがこの植物です。アーユルヴェーダの薬草でもあり、ずっと長い間使い続けられてきました。熱がこもったり、ちょっとやりすぎているところを調整してくれる、そんな植物なので、いろんな場面に出てくるんですけど、シャネルのフェイス製品の成分になっていたりもします。広く知られているというより、縁の下の力持ち的に長く使い続けられているものなんです。それを自分たちで作って研究して13年になります。皆さんが使えるような形にして、ハーブウォーターなどにしていて、この前、化粧品メーカーにもなりました。自分たちでベチバーを、周波数のあるものとして仕上げるということをやっています。

藤井

うちは4歳の娘が、寝る前にそれを枕にシュッとしてもらうのが習慣になっていて、その後もいろんな商品に展開されているので、それもお聞きしたいんですが、ベチバーを作っている人は日本にほかにもいるんですか?

ベチバーを製品にするということ

片山

私たちが作る前に、沖縄で赤土の流出を止めて、サンゴが死なないようにするために植えていた方たちがいらっしゃいます。ただ、根っこは活用されていないんです。土を止めるために植えてあるだけで。弟がそれを10年くらい見てきたんですけど、マネタイズするのはすごく難しいものなんですね。私の場合は製品にしているので、何度かご依頼があって、二次利用的なことを一緒にできないかとおっしゃるので、現地を見に行ったんです。そうしたら、無農薬の畑にベチバーを土留めにされているんだったらできるんですけど、そうじゃないんですよね。やはり農薬や消毒を使って土を作っていくと、団粒構造じゃなくなりますよね。団粒構造というのは、土の中の菌がちゃんと生きていて、水が流れてもそれがフィルターになっていく状態なんですけど、

それができていないので、流れ出してしまうんだと思うんです。そういう場合、無農薬で作ったらいいじゃないですかと言いたくなるんですが、いろいろな事情で難しい。だから今は止めるだけになっているということだったので、商品にするのはちょっと難しいんです。私の場合は食用にしたり、お茶にしたり、いろんな方に材料として使っていただいたりしています。化粧品にするにも、周波数が出るというのは香りだけじゃないんです。香りももちろん作用するんですけど、香りが消えた後も周波数が枕に残っていて、娘さんが喜んでくれているのはその周波数的なものだと思うんです。チャクラを整えたりとか、いろいろな作用があるので、それを残して伝えたいということで、

最終的に今の形になっています。それをどうやって確かめるかというと、バイオレゾナンスというドイツの医療機器があって、それで周波数を測定して、実証できるんですね。そういうふうに製品に仕上げている人は、ほかにいないと思います。

インドで受け継がれてきた使い方

藤井

もともと薬として使われていて、効果があると認められているものなんですか?

片山

アーユルヴェーダなので、2500年前からの伝統療法で、今も日常的に使っている方が多いですね。お茶にしたり。インドのあのあたりは、夏は40度を超える時期が多いんですけど、外から帰ってきた時、やっぱり40度を超えると細胞が死に始めるんですね。なので特に男性は、体を冷やさないと子孫を残せなくなってしまうという危機感があって、まず冷やしたいらしいんです。それでベチバーを浸けておいた水を飲むのが習慣になっていて、日焼けの前後にその水を肌にひたひたとつけたり、虫よけにしたり、いろんなことに使われています。お薬としては、心配事があるときや、ちょっと息が上がってきたりするときに使われていたみたいですけど、どちらかというと民間で使われてきたものですね。

藤井

そういう使われ方の一つとしてあった、という感じですね。

ディープリラックスと「渇愛の章」

片山

受け継がれている話が多いんです。それはなぜかなと思って、いろんな文献を調べていくと、鎮静の効果がすごく高いので、ディープリラックスと言われています。ディープリラックスというのは、ラベンダーやカモミールのようなリラックスとはまた違って、「休めない」と思っている人が「休んでいいかな」と思えるぐらいの違いがあるんですね。体が休めない、心が休めないといった部分的なものじゃなくて、全体的に「今の自分でいいんだよ」という安心感がないと、本当に心からは休めないんですよね。そこの部分をベチバーが助けているんだなと思います。さっき申し上げたお釈迦様のダンマパダ337番、「渇愛の章」なんですけど、そこに出てくるのは全体としてはベチバーのことなんですが、

上の葉っぱの部分はビーラナ、下の根っこはウシーラとサンスクリットで言われていて、根っこの部分にはすごく幸せな香りがあるよ、と。上の部分ははびこって、手では抜けないんですよね、ベチバーって。まったく微動だにしないので、ユンボで掘ってもらうような感じになるんです。手で抜いていたら1時間以上かかるんですよね。それを人間に例えると、善悪のようなもので、はびこって大変な葉っぱを悪、根っこの方を善に例えて、善にたどり着くまでの過程で、欲望を抜いていくと幸福が得られるよ、と書いてあるんです。だから、自分と向き合う時間をしっかり作っていくということも、ベチバーが象徴しているところがあるので、

創世記に出てくるベチバー

片山

それが何なのかなと思って、民族学的にいろいろたどっていくと、一番古いところでいうと、西ベンガルの絵巻物があるんです。それに世界の創世記の話があって、神様が手を抜いて出したら、フランキンセンスの木の原が出てきて、もう一つ抜いたらベチバーの草むらが現れて、そこに鳥が卵を2つ産むんですね。そこから男女が誕生したという話で、今も語り継がれているんですけど、世界の創世記にベチバーが出てくるというのが、ちょっと面白いなと思ったんです。どういう意味でそこにベチバーが出てくるのか。たまたまなんですけど、美容医療のクリニックから依頼があって、一緒にハーブウォーターを作ってほしいと。

一緒に作ったのが、フランキンセンスとベチバーの蒸留水です。これは、いろいろなところの鎮静、どちらかというと神経系の鎮静ができるものです。今も販売されていますが、調べた結果、CBDとほぼ同じ結果が出るんです。鎮静、眠り、痛みの回復。ただ、それは薬機法にかかるのでうたってはいないんですけど、実験結果としては講座などで伝えられるので、そういうふうに伝えたり、販売されたりしています。ベチバーがベースになることで何になっていくのか、というのを、ずっと13年やってきたという感じです。

ベチバーにたどり着くまで

藤井

そもそもベチバーにたどり着くまでに、いろんな巡り合わせがあったんですか?

片山

そもそも私の人生の葛藤から来ているんです。私は愛されていないと思って育っていたので、三つ子の魂百までで、自分には自己肯定感の土台がないと思っていたんですね。それで、人に合わせることで、どうにか自分を証明しようとか、承認欲求を満たそうとして、すごくいい子だったり、頑張ったりするんですけど、そうやっていると限界が来るんですよ。ものすごい反動が来たり、私なんで生きてるんだろうと思ったり。そういう時に必ず植物が出てくるんですね。会社勤めをしていたんですが、実家がちょっと大変になったので戻ってくれと言われて戻って、その時も家族間でいろんなことが起きて大変な状況だったんですけど、そこに生け花が来るんですね。

その前から、やっぱり草花が好きで、小学校の頃は、よく小学校に藤棚があったと思うんですけど、花や葉っぱをちぎってお茶にするって言って遊んでいたりしたんですね。でも、そういう感覚が、いい子になるにつれて無くなってしまっていて。自分がそうしたいというのじゃなくなっていたから、消えていたんでしょうね。誰も喜ばないじゃないですか、藤の花をちぎって遊んでいても。その無くしてしまったところを、生け花を始めて取り戻していきました。生け花って、その花を生かすために対話するんですよね。対話といっても喋るわけじゃなくて、この花はこっちを向いているから、こっち向きに生けてあげるといいのかなとか、いろいろ対話していくんですけど、その時に「感じる」ということを思い出し始めたというか、

感じていいんだな、と。火遊びもそうですよね。火遊びがすごく好きだったんですけど、危ないと制止されて、やめる。そうすると、その感覚がちょっと無くなっていく。焚き火とか、皆さん好きだと言われるんですけど、そのゆらゆらした感覚がいらないものになった時に、自然から離れて、そういうものを少しずつ無くしていくのかなと思ったんです。生け花を続けて、その後、結婚して神奈川に転勤になるんですけど、そこで3人の子育てをするんですね。そうしたら生け花をする余裕もなくて、心の余裕がないんですね、多分。それで、ハーブをやりたい、勉強したいなと思うけど、頭に入ってこないんですよ。

バッチフラワーとの出会い

片山

私、どうしちゃったのかなと思うくらい覚えられなくて、こんなのはおかしいって、今度は自分を責め始める。責め始めても何の解決にもならないんですよ。どうしたら元に戻るのか分からなくて、ダメな自分ということで、ずっと自己啓発とかもやるんですね。自分は何のために生まれてきたのかなって。それが知れるいろんなもの、マヤ暦とか、いろいろやるんですけど、最終的に腑に落ちないところをさらに探求すると、植物が出てくる。それがバッチフラワーというもので、イギリスのお医者さんが開発したんです。この人は公衆衛生や腸内細菌を研究してきた、本当の医療従事者なんですけど、ある日自分ががんになって、本当にやりたかったことを追求するんですね。

それが、ハーネマンが研究していたホメオパシーのもっと優しいもので、鉱物などを使って毒を毒で制するのではなく、植物の優しい力を使って、人がポジティブに戻るような体感ができるものなんです。使っている中で、自分の信念に気づくんですね。自分に貼り付けた信念、何かで押し込まれてきたものに。それに気づくと外れるんですよ。繰り返し出てきた感情が外れたりとか。だからバッチフラワーは、何かを変えるというよりは、本当に元から持っている自分の感情に気づいて体感できる、気づくためにあるものなんです。そういう植物療法にまず出会って、それからずっと、自分は何のために生まれてきたのかを探求していったら、ベチバーが出てきた。出てきたと言っても、実家が、

星野村から始まった国産ベチバー

片山

父が、自動車業界の販促品で、お客様のアイデアを形にするということをやっていたんですね。ゼロから1を作る人で、いろんなものを作っていくんですけど、ある日お客さんから、天然の消臭液を作ってほしいと言われたんです。既製品だと具合が悪くなる方がいらっしゃって、修理後の匂いなどで、何とかしてお客様に少しでも快適に過ごしてもらいたい、と。それでハーブを探していたら、ベチバーがテレビに出てきて、大学が研究しているのを見て、すぐに見に行ったみたいですね。それで消臭液を作っていて、その後、星野村で洪水が起きるんです。すごくいい里山なんですけど、補助金で杉を全部植えて、

間伐もそうなんですけど、50年後に一斉に伐採するというやり方なので、生態がちょっとずれていたんだと思います。全部流れ落ちて、せき止めた結果、洪水になったんですね。それを改善したいということで、弟が、ベチバーは根が深くて土止めになるというのを知っていて、それを植えたいと。でも南インド原産なんですよ。普通は誰も植えないんですけど、いや、植えると言って、それを研究していた知多半島の人と一緒に始めて、1年後にちゃんと育ったんですね。そこから国産ベチバーの歴史が始まったという。国産のベチバーを作っていく中で、農家さんってすごく収益が上がらないことをずっとやっているんですよね。第一次産業の人たちが豊かにならなければ日本の未来はない、と思ったというので、

里山から届けたい、その思いを乗せてベチバーを植えていくんです。ただ、自分でやれることに限界があったみたいで、私はその時、愛知県にいたんですね。愛知県でハーブ関係のことをやっていて、バッチフラワーやハーブを勉強して皆さんに届ける、どちらかというとカウンセラーのようなことをやっていたんですけど、弟がやっていたことが今度は蒸留に移ったんです。蒸留は、その液の純粋性をもっと高めるものなので、そうなった時に植物の専門家が必要だということで、私が呼ばれるんですね。その時は、農家さんたちがもっと豊かになるためのプロジェクトが組まれていて、国の支援を受けて蒸留機を入れたり、3年間の検証期間で販売はできないんですけど、その期間にモニターを取ったり、

本当に困っている人に届けたい

片山

医療機関や介護施設にお試しでどんどん出したりしていて、結果もめちゃくちゃ良かったんですよ。あっという間に消臭できますし、人体への影響がまったくない、飲んでもいいようなものなので。ただ、価格帯が高いと言われたり、病院によってはいろんなしがらみがあって入れられないとか、一旦入っても内部の事情で難しくなって使えなくなるんですね。それを受けて、やっぱりどこに届けるべきかと考えたら、エンドユーザーだなと。本当に困っている人たちに直接お渡しできるようにと思って。私はセラピストをやっていたので、その関係の人たちの方がベチバーをご存じだったんですね。それで蒸留会を始めたんです。その場所が、築300年の古民家で、

そこに蒸留やベチバーを見に来る方たちに、リトリートとして楽しんでもらう。そうしたら、それがすごく良かったらしくて、皆さん元気になって帰られる。それって一体何なんだろうと、やっていた自分が思ったんですけど、やっぱり解放される感覚がそろっていたんですね。人の要素ももちろんあるし、お料理の力もあるし、ベチバーがそこにあること。それだけのことができるなら事業化したいと、JTBの方の新規プロジェクトとして東京の本社で始まって、直接やり取りしていたんですけど、田舎なので、あまり人が来るのを好まない方たちもいらっしゃって、私の場所だったらよかったんですけど、そうでもなかったので、

レスキュースプレーが生まれるまで

片山

一旦閉めて、リトリートだけを追求していくんですね。お家でできないか、ということなんです。あっちに行って、こっちに行ってというのもすごくいいんですけど、最終的には自分の中に答えがあるので、それを緩められる場所や道具があれば、少しずつでも近づける、ということでまとめたんです。今まで13種ぐらい作っていたベチバーベースのハーブウォーターがあるんですけど、それを全部分析も合わせて出していって、何に一番いいかというのを作って、レスキューセットというのができました。本当にいろんなことに使えるんですけど、その感覚がある人じゃないとちょっと難しかったり、どちらかというと治療家の人向けなんですね。触って、ここが痛いからここに使ってあげる、という感じで。

一般の方がいつでも使えるようにするにはどうしたらいいかと考えて、それを全部合わせたのが、今のレスキュースプレーなんです。1本でできていて、それを使うことで、自分の状態がすごく回復しやすくなっていて。実は私、昨日39度の熱があったんです。東京に行って帰ってきて、その後もちょっと休めなくて、バタバタしていたら弱っていたらしくて、熱を出して、今日は来られないかなと思ったんですけど、人前に出る前に寝込む私の傾向もあるのかもしれないし、ちょっと自分と対話してみようと思って、それを使いながら過ごしたら、今日は平熱なんですね。もう行かなきゃと思って。それでもまだ抵抗が顔を出すんですよ、エゴというか。「大丈夫?そんな人前に出て」みたいな。そうすると、せっかく入れてもらったコーヒーを全部こぼしたりとか、

起きるんですよね。だけど、何か起きた時に、どうしようと一瞬思ったとしても、すぐサポートしてくれる人が現れたり、ちゃんとそういう事象が出てくる。なので最終的に、今、ラグジュアリーホテルにベチバーがまた入ることになって、リッツ・カールトンにも今入っていますし、今度はヒルトンの方にも入るんですね。ピロースプレーとして。だから、やっぱり通じていくところにつながっていくんですけど、私がエゴを出して止めてしまうと、良い方向には行かないので、もう純粋になって、

起きることをそのまま受け入れるようになったら解放されるのかなと思っていて、それが目標なんですよね。そんなふうに受け入れられたら、すごく自分らしくいられる、そういうことだと思っていて。でも簡単じゃないです。今だけ私、戦っている気がするんですけど、ベチバーはそのサポートをしてくれている感じですね。

争いの火を鎮める植物

藤井

さっき言われていた、抱えているものを置いたり、リラックス状態になったりということですが、ベチバーを通じてどうしたい、というのはあるんですか?

片山

どうしたい、というのは何でしょうね。そういう「どうしたい」がなくなるといいなと思っているんです。ベチバーって、火を、争いの火を消すというか。火は絶対必要なんですよね。人の中にも。でも、それがありすぎると違う方向に行ってしまう。なので、調和した状態で広まっていくのを、ベチバーが何か調整してくれるというか。インドの人たちはずっとそれを使っていて、すごく自由じゃないですか。いろんなことがあるけど、それを許容しながら生きている、というのも本当のことかもしれない。こうしたらダメだ、ああしたらダメだ、というよりは、もう起きること。私もいろいろやってきて、結局、最初には分かってないんですよね。そうなると思っていない。だけど、そうなると思っていないことの方が、はまる。

京都とのつながり

片山

そんなところまで行くんだ、と思うような人たちとつないでもらって。今、京都と海をつなぎたい、戦いの火を鎮めたい、というアーティストの方がいて、その人と知り合ったのも、ホテルで話していて「いつもここに紅茶だけで粘っているおじさんがいるんだよね」と紹介されたのがその人だったんですけど、すごい人だったんですよ。キスリングなど、いろんな方たちのポートレートを手がけていて、財団からも認められていて。そういう人たちがアテンドしてくださったりしている。だから、京都につながっていることにも、やっぱり意味があったなって。

最初は「分かる人がいないから、こっちでやった方がいいよ」と、あるオーガニックの会社の社長に言われて、「そうなのかな?」って。「うちも四国でやっていた時は全然ダメだったけど、ニューヨークで賞を取ったら良くなったから」と言われて、それは代表がすごいからだよねと言いながら、でもチャンスだと思って行ったんですよね。2018年にそれを始めた時は、続けられるかなと思っていました。だけど毎月、もう7年、京都に通っているんです。だから、続けられるということは、やっぱり意味があるんだと思って。そんな感じなんですよね。何をしたいというより、やっていて見える光景がそうなっていくというか、私の幸せがそこにある、そんな感じです。

命をどう輝かせるか

藤井

さっきの話のように、必要な火があっている人に、それがバランスを整えてくれる。僕は火の要素が強いと感じるんですよ。インドでもインド以外でも、バランスが崩れると良くない。僕は火の要素をたくさん使うのが良いタイプなんですけど、そこのバランスを保ってくれるというか。人生が台無しになるようなことはないけど、日々でいうと、結構あると思うんです。みんなそれぞれ凸凹があって、それぞれ得意なことがあって。その中で最近思うのは、生きる力というか、一人一人がそれぞれ生きていく存在としてあって、一人一人が生きていくわけじゃないですか、この命を持って。

その命をどう輝かせるのか、というところですよね。

片山

醍醐味ですよね。いろんなことを経験するために生まれてきたんだと思うんですよ。でも、やっぱり怖かったり、嫌だったり、わざわざそんなところに行って、と思ったりすることがある。ベチバーをやっていても、いきなり生態学の学会に出てくれと言われたり。そんなところで何を話すんですかと言ったら、やってきたことを話せばいいと言われるんですね。でも、そんな学者さんたちの前で話したら何を言われるかな、とまずは思うんですけど、覚悟を決めて行ったんですよ。そうしたら、慶應大学でトマトの水耕栽培をやっている先生がいて、根を抜くのが大変だから、水耕栽培も一緒にやったらいいよと言われて、今7年目ですかね、ずっと無償でやってくださっていて、

一緒にというより、預けて、そこで実験をしてもらっている状態なんです。ただ、やっぱり水耕栽培だと香りが出ないんですよ。根はすごくよく育つというのは実証されたんですけど、香りは、ある程度の刺激がないと出ない。生きているのも一緒かなって。ある程度の刺激がないと、根っこってできないんですよ。ベチバーは特に何もしなくても育っちゃうんですよ。暑すぎても寒すぎても、マイナス15度から40度まで耐えるので。乾燥していても全然問題なくて。ただ、雪が多く積もる寒い地域では、やっぱり無理でしょうね。凍ってしまうような土では育たないんです。

アーユルヴェーダと純粋性

片山

アーユルヴェーダの調整の作用も、何のためにそれをするかというと、純粋になるためなんですよ。アーユルヴェーダで一番求められているのは、哲学的に言うとサットヴァ、純粋性を高めること。そうすると、自分に必要なことが分かるようになると言われていて、そのためにヨガやマッサージ、いろんな施術があるんですけど、それは自分で選んでいいよ、と哲学的な文章に書かれているんです。そういうことを教えてくださる方に会えるんですよ。私は自分が勉強するというよりは、それを熟知した方たちに会えている。インドのアーユルヴェーダの先生になる人たちは、6年間向こうに住んで学ぶんですけど、全部口伝なんです。

文章じゃなく、全部暗記されていて、それをわーっと言われて、全然分からないのに何か楽しいんですよね。サンスクリットで言われるのに。英知ってそんなものかなと思って、後で翻訳したものを教えてもらって納得するんですけど、感じることと理解することって別々なんだなと思っていて、これを一致させるときに、すごく自分が整うというか、純粋になるんだなと思っています。それをいかに整わせるかというのが、今の私がやっていることなんです。人生を生きていく中で、いろんな場面で必要なことが起きてくるので、それから逃げずに、戦わずに、いかに向き合うか。その鎮静のために一番使っているという感じです。人が違うことを言った時に、あれ?って感じるじゃないですか。あれ、違うことを言ってるな、みたいな。

思い通りにいかないことを味わう

藤井

今聞いていて、人生そのものも自分が思い描いた通りにはいかない。周りも分からないし、自分も分からないし、その連続ですよね。人生設計をしても、その通りには行かないです。僕も高校の時に目安を立てたりしたんですけど、こう行きたいなとあっても、その通りには全く進まない。今日もまさにそうでした。思い描いたイベントとは全然違いました。ハプニングがあって、ハプニングがあって、それでも回していって、そのおかげでこうしてお話ができている。そこを楽しむというか、

味わうというか。起きたことそのものを、今回丸ごと引き受けた、という感じです。

子どもたちが教えてくれたこと

片山

何が起きるかを見てみる、という感覚ですよね。その先に何があるんだろうと、そう思えた時に、そこを越えられるんですよね。そうしたら状況が変わる。それは、怖さがあったらできなかったことで、土台のない私には、すごく大変だったんですよ。自己肯定感が低すぎて、どうしたらいいか分からない私ができたのは、バッチフラワーには、フェーズごとに、素直に向き合えば選べるレメディが全部あって、それを見つけるのが上手だったんですね。感じることが、本当はすごく繊細だったみたいで。ガサツでしょうがないと思っていたんですけど、繊細だと大変だったんですよ。いろんなことを感知してしまうし。子どもたちもむちゃくちゃ繊細で、三男は中学に半年しか行かなかったし、

でも、すごくはっきりしているんですよね。僕はここに必要がない、と校長先生とずっとお話しして、校長先生からも「この子は自分でそう分かっているので、そういう人生を生きたいんだと思います」と言われて。結局卒業はできるので、その後はN高に行って、今は大学生なんですけど、本当にキラキラしているというか、生きる活力を失っていないなと、子どもたちが見せてくれています。一番上は途中から転校してきたんですけど、その前は名古屋大学の附属の一貫校で、そこは研究機関なので自由なんですよ。自分たちで全部決めていって、先生たちは本当にサポートだけ。そこに2年までいて、こっちに転校した時に、軍隊みたいだから僕は行きたくない、と言って。卒業だけはしたら、とやっぱり言っちゃうんですけど、

「違うんだよ、母さん」って。じゃあ次の道を決めてから言って、と言ったら、N高を選んで、バイトも3つぐらい掛け持ちして、僕は名古屋に帰ると言って帰ったんですね。自分で生活して、今は名古屋の高島屋でグッチの社員をしていて、職人さんたちが一生懸命作ったものを伝えるのが好きなんだそうです。次男は昔から警察官になりたいと言っていたんですけど、優しい子だったので、そんな仕事で大丈夫?と言っていて。一旦は就職したんですけど、去年「お母さん、やっぱり僕は警察官になる。一番身近で人助けができるところだから、交番の人でいいんだ」と言って、やっぱり警察官になったんですね。この子も愛知に帰りましたけど。三男は今、何をしようかなと生きていて。

私は本当にこういう人生なので、お金がない中で事業を立ち上げて、親の事業も引き継いだので、今2社を経営しています。でも、これがすごくうまく動くかと思いきや、全然動かないんです。それは、私が自然経営というものをやろうとしているので、意識の違うもの同士って合わないんですよね。やっぱり一致していないと、周波数と一緒で響き合わないんですよ。それでずっと引きずっているような感じでいたんですけど、恩もあるし義理もあるし、と。ただ、もうこれはできないなという結論が出て、やめると思った途端に動き出すんですよ。私は両方一緒にやろうとしていたんだけど無理でした。今からはそっちを集中的にやろうと思って

切り替えたんですけど、それはなぜかといったら、一番ベチバーを届けられる方向に行くし、この人たちだけを助けよう、というのではできないことだったので。もっと視野を広く、自分は本当に何をしたらいいのか、というのが事象で現れてくるので、それを素直に受け取っていくしかないなと。怖い時もしょっちゅうありますけど、それは植物が助けてくれるので。そうやって、人生の行く道を教えてもらったという感じです。

藤井

この後で皆さんにもお伺いしたいと思いますが、

片山

藤井さんの話、全然聞けてない。

これからのこと:共感と共鳴

藤井

今回は加盟店の方に話をしてもらいたいというのでやっているんですけど、い〜とmoにどんな関わり方ができるのかとか、これからやっていきたいことはありますか?

片山

これからのことは、計画とか事業計画とかじゃないんですけど、共感・共鳴なんですよね。それでしか伝わらないし、それってスピードがめちゃくちゃ速いんです。もう一瞬で届くので。インドに住んでいる研究者の方が、私に必要なデータを送ってきてくれたり。普通はないですよね。何十万円もかけて得たものを。それに、ずっと昔からやっている香料会社の人たちが、戦前からベチバーを研究していたんです。日本の鹿児島で。その人たちがベチバーを断念していたので、私が行った時に、その資料を全部くれたんです。国立図書館などにも残ってはいるんですけど、全部じゃないんですよね。それをもとに、それまでの実験を継承していけて、結果、今の製品づくりができているんです。研究していた東京の大学の先生も言われていましたけど、

フレーバーにしたくて研究したんだけど、結局できなかった、3年で断念したと。費用的にもデータ的にも、こんなに難しいものはない、複雑だと。だからベチバーにリベンジしたい、と言われていたんですね。それは見識や努力でできることじゃないと思うんです。そういうことを、共感・共鳴で私はやっているんだと思います。6カ国語を話せるお坊さんがいて、その人と瞑想会で会ったのも、一瞬でつながって、次の打ち合わせもしていて、お互い喜んでいるんですよね。よくウィンウィンと言われますけど、本当にそうで、お互い喜んでいるので、どっちかが何かをしてあげた、というのはなくて。ずっと応援されている感じはしていたんですけど、どうも私も応援しているんだな、という、

やっとそういうふうに思えるようになったなと思います。なので、い〜とmoに入るというのも、そうやってみんなが感じられるようになっていくことなのかなと。感じることを思い出して、それがつながっていくきっかけになるので。

藤井

やりたいという人が相談をして、やりましょう、となって、

片山

うん、そうだと思います。役割分担みたいな感じで、できないことは誰かがやってくれるので、それがみんなの役割です。バッチ博士が言っていることがあって、「自分の枝を探しなさい」と。みんなで大きな生命の木なんですよね。だけど、自分の枝が必ずあるから、と。そう言われた時に、その枝ってどれだろうと思ったんです。全部をやらなくていいんだと思うんですよ。そういうのが良いんじゃないかなと。

い〜とmoでつながるということ

藤井

確かに。このい〜とmoトークをやっているのも、加盟店が50何店舗に増えて、その50何店舗の商品などを紹介して広げたい、というのもあるんですけど、それだけじゃなくて、この50何店舗がいるということ自体がすごいことで、こういうつながりが今できている。わざわざい〜とmoって、使いにくいところもあるし、3ヶ月でゼロになるし、そういうものにわざわざ入ってくれている。この人たちがそれぞれのいろんな思いで入ってくれていて、その思いに触れることで、一緒にやろうとか、仲間になっていく。それがコミュニティであり、地域通貨でできることなんだと思うんですけど、

決して売り上げが上がるとか、

片山

そういうことじゃないものを求めていて、それが共感・共鳴するので。そのうえで、自分のことを本当に知っていないと伝えられないんですよね。本当の自分って何だろう、という問いがあって、それを求めていると、ちゃんとそこに現れたり、きっかけが出てきたりする。うまくいかないことも、その一つなんですよね。「なんでそこで一生懸命無理してるの」と言われているということなので。あ、そうなんだ、これは無理なんだ、と。それも仲間がいないと無理ですね。一人だと、悶々と同じところに入っていって出られなくなっちゃうんです。でも、人がパッと言ってくれたことで目覚めたり、渦の中に入って苦しい時にスッと出られたりするんですよね。だから、安全な場所でそういう人たちとつながる、というのが一番大事だと思っていて、

い〜とmoにはそういう要素があると思っています。

藤井

これから他のいろんなお店も紹介していくので、ぜひ行ってもらいたいですし、どんな仲間がいるかを知ることで、自分に何ができるか、何かが生まれるかもしれない。自分が助けてほしいことがあっても、相手が何をしている人か分からなかったら、SOSも出せないですよね。いざ困った時のためにも、どんな仲間がいるかを知るのはすごく大事なことだし、仲間がどんなことをしているかを知ることで、そこなら僕にもできることがあるよ、と思われるかもしれないので。こんな感じで、

片山

皆さんとつながれたら、最高の人生になると思います。他のものは後からついてくる、それが見えるといいですよね。

藤井

ぜひまた別のタイミングでお話ししたいと思います。ありがとうございました。

※ 文字起こしは音声認識をもとに作成し、読みやすく整えています。言い回しや固有名詞が実際の発言と異なる場合があります。